出版物の総額表示義務化と紙媒体の衰退で引き起こされること



1989年の消費税導入時は

出版社1社平均3623万円の負担


 そろそろ寝るか、と思ったら、TwitterでこんなTweetを見てしまい、「ああ、そうだった」とくらくらしているところである。出版社のなかの人間ではないので、消費税が上がる=表示問題の勃発をすっかり忘れていたのだけど、消費税改正のときのドタバタを思い出すことになった。89年はまだ出版界に入っていなかったので現場は知らないのだが、それ以降の改正では、雑誌が元気でまだなんとか出版社に余裕があったときでさえ、もれ聞くなかの人たちの対応は青息吐息だった。出版社と書店は相当、抵抗したが、結局は、折れるしかなかった。あの当時のことを思い出すと、今回の総額表示義務化を機に、廃業する出版社もボロボロと出てくるのではないかと思ってしまう。財務省は倒産企業を増やしたいのだろうか。

何が問題なのかは、こちらのTweetが詳しい。 https://twitter.com/moegi_hira/status/1305861185208807425?s=20

文化通信社の記事


出版物の総額表示 スリップは「引き続き有効」 財務省主税局が説明 - 文化通信デジタル 2021年3月31日に消費税額を含めた総額表示の義務免除が終了となる際に、出版物も表示義務が課されることがほぼ確定した。www.bunkanews.jp


 今、ちょうど手元に『日本雑誌協会 日本書籍出版協会 50年史』がある。日本雑誌協会と日本書籍出版協会の創立50周年を記念して、2007年に発行された年史だ。消費税の項目があるので、調べてみると、89年6月の調査によれば、「消費税導入時に価格表示の変更などに要した費用は、出版社1社で平均3623万円にのぼった」とある。この費用負担に今、どれくらいの出版社が耐えられるかということなのだ。出版社の社員も書店の人手もこの当時より減っていることを考えると、貼り替えもそう簡単にはいかないだろう。私が作ってきた本も書店から消えるかもしれないなぁ、と遠い目をしているところだ。

 50年史はWebで全文公開されている。消費税はこの部分だ。


タイトル未設定www.jbpa.or.jp


 今、東京でさえ、個人経営の飲食店がコロナの影響もあり、次々と閉店している。製造業も高い技術を持ち、継続が可能な企業も後継者不足から廃業を余儀なくされている。なくなってしまってから、惜しかったと私もつい言ってしまうのだが、一度、途絶えたものを復活させることは、相当に難しい。そして書籍や雑誌の紙媒体もその危機にある。


紙媒体が衰退すれば、

デジタルコンテンツも劣化する


「Webで見られるから、紙媒体は必要がない」「電子書籍で十分」「Youtubeやネット動画で知識は得られるから、本は読まなくてもいい」と思っている人に気づいてもらいたいことがある。紙媒体が今以上に縮小したら、間違いなくデジタルコンテンツも劣化するということだ。紙媒体とデジタルコンテンツの歴史を比較すれば、紙媒体のほうが圧倒的に歴史が長い。新刊が話題になりやすいが、紙媒体の本当の価値は、過去に発行されてきた本や雑誌による知識の集積にある。

 デジタルコンテンツは、紙媒体をネタ元にしてること多い。たとえば、あなたが「今晩のおかずは何にしよう」と思って見る動画レシピ。そのレシピは、作っている人がまっさらの状態から考え出したものではない。もともと基本のレシピがあり、材料の一部を入れ替えたり、分量の一部を変えて動画に仕立てたものだ。では、基本のレシピの情報はどこに蓄積されてきたのだろう。


 紙だ。


 紙媒体が書籍や雑誌の形で記録してきたからこそ、今、動画やWebメディアもそれらの情報を基礎にして、新しいコンテンツが生み出せるのだ。健康情報や節約情報もそうだ。老若男女にかかわらず、人が生きていくために必要な知識は、多くが紙媒体が記録してきた情報が元になっているのだ。


 Webメディアの黎明期には、本や雑誌からパクった記事をよく見かけた。私が書いた記事をまるっとコピーされて、とある企業の記事として掲載されたこともある。最近は、Webメディアもオリジナルの記事を中心に制作されるようになってきたが、Webメディアが、ネット上でぐるぐる回っている情報を参考に記事を書いているとしたら、その大元になっている1次情報は紙媒体(紙媒体も1次情報ではないのだが)の可能性は十分にある。  また、Webメディアには校閲がつかないことも珍しくないため、事実関係の確認という点では、いまだに紙媒体のほうが丁寧に行っている。そのため、何かの情報を突きつめて確認したい場合は、どうしても紙の書籍に頼ることが多くなる。ニュース記事など、新聞社のサイトで検索するような記事であれば、ネットのほうが便利なのだが、事実確認という点では、蓄積されてきた紙媒体を比較するなどしたほうが、確実な情報にたどりつきやすいのだ。


 出版社や紙媒体が減る、ということは、これまで紙が長年、培ってきた、こうした知識の蓄積が消滅するということだ。日本では、書籍が発行されると国会図書館に納本することになっている。そのため、近年の本であれば国会図書館で見ることはできるだろう。だが、雑誌をすべて保管しているわけではない。また、国会図書館に納本が始まったのは戦後からであり、納本されなかった本も多々あるはずだ。なによりも、国会図書館に保管されていればいいのか? ということもある。


 古本市場も好ましい状況ではない。Amazonで新刊の取り扱いがなくなったとたん、それほどの価値がある本でなくても、中古価格がバカみたいに高騰している。近刊であれば、書店や出版社には在庫が残っていることもある。だが、書店に行くことがなく、注文の問い合わせもしなければ、欲しい人の手元には届かない。また、単にAmazonでの入手が難しくなったという理由だけで価格が高騰し、必要な人の手に届かなくなることが多くなれば、娯楽として楽しめないだけでなく、人の生活を支える研究や開発、調査などの支障にもなっていくだろう。


 ついでに書くと、新型コロナウイルス感染症の流行でコミケを初めとする、同人誌イベントが軒並み中止になったことにより、印刷会社が苦境に陥っているそうだ。いまや紙媒体が「売れない」ことにより、一つの産業が沈没しかかっているだけでなく、「知識のタイムマシン」が消滅寸前の状態なのだ。


人間が使う以上、表向きはデジタルでも

アナログからは逃れられない

 紙媒体の衰退を電子書籍や動画などのデジタルメディアでカバーできるかといえば、私は無理だと思っている。電子書籍もスピードが勝負だったり、賞味期限が限られている知識の伝達には向いている。私も保管をあまり必要としない情報であれば利用している。が、情報によっては電子書籍が向かないこともある。長期間の保存が必要だったり、資料としてページをめくる回数が多かったり、ビジュアルが多用されている情報は、電子書籍の融通のきかなさが利用時のストレスになってくる。


 また、紙媒体と電子書籍が同時に発行されるようになったのは、せいぜいここ7、8年のことだ。それ以前は電子書籍版がないほうが多い。過去に遡って電子書籍化するほど、出版社には体力はない。新刊の同時発行だけでせいいっぱいだ。さらに言えば、電子書籍の永続性は今のところ保証がない。破損したり、OSの変更などにより、読み込めなくなったら、情報を取り出すことはできない。ことに電子書籍の場合は「貸与」の形になっているため、提供先の都合次第で読めなくなってしまう。 


「デジタル相」が任命された日に、こんな文章を書いているのも皮肉な気がするが、実体がない「デジタル」だけでは解決できないものがある。その解決のできなさ、という点については、どれだけデジタル技術や通信技術が発達しても変わらないと思う。


 過去にパソコン誌の仕事をしていたこともあり、ガジェット好きな私は、そこそこデジタルには詳しい、と周囲から思われている。そのため、時折、相談されるのだが、一つ確信していることがある。デジタル技術に不案内な人ほど、WebメディアやSNSを駆使すれば、売上が伸びたり、今、抱えている問題が解決すると勘違いしているということだ。デジタルを使うことで、つたない技術を補ってもらったり、効率がよくなるということはある。しかし、魔法の杖ではない。根底を支えているのは、結局は、泥臭いアナログの技術や発想だ。理由は簡単。開発するのも、使うのも、肉体という物理的存在を持ち続けなければ生きていけない人間だからだ。


 デジタルとアナログは、両方が揃ってこそ、生きてくる。アナログという土台の上にデジタルがあることを認識せずに、デジタルだけを重視すると足元がおぼつかない不安定な状態になってしまう。


 いずれデジタル化された情報の蓄積が増え、紙媒体に匹敵するほどのボリュームと質の高さを持つようになれば、紙媒体は役目を終えるのかもしれない。しかし、これほど電子書籍の制作技術が進歩しないということは、「売り物にならない」からかもしれないが、それ以上に、電子書籍より紙媒体のほうに、やはり一日の長があるということではないだろうか。

 新聞記事のような日々のニュース、賞味期限が早いエンタメ情報など、速報性の高い情報は、デジタルのほうが向いている。その点については、紙媒体はもうかなわないと思っている。しかし、人が必要とする情報はそれだけではない。このままでは、Webメディアと相性がいい情報だけが残る世の中になる。そして、消費のスピードが早い動画のコンテンツはマンネリ化していくだろう。「紙媒体が衰退する」というのは、単に掲載されている情報の形が「紙」なのか、「デジタル」なのか、という話ではないのである。


2020年9月16日 noteより

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