映画「新聞記者」で描かれた紙媒体制作の裏側で


 映画の感想にくっつけて、紙媒体の制作の裏側について感じたことを書こうと思う。


 多数の出版社の月刊誌と書籍に関わってきた私が、縁あって新聞社系週刊誌「AERA」の仕事を始めることになったときは、けっこう戸惑った。


 どの編集部でも、それなりに対応できると思っていたのだが、新聞社系の仕事は、スピードと役割分担が違っていた。


 速報性が重視される媒体のため、急ぎの記事では、取材した金曜日の午後に原稿を渡し、翌週の月曜日には誌面になっていたこともあった。レイアウトや校正・校閲も含めて、編集部内の作業の速さと確認の確かさに加え、印刷体制も整っていることに驚かされたのだ。


 最近はだいぶ変わってきたが、7、8年ほど前までは役割分担も明確だった。記者(ライター)は編集部のデスクから、カメラマンは写真部のデスクから指示が出て、取材現場では、それぞれの指示に従って仕事をしていた。もちろん、それを統括して見ているのは編集長だ。


 出版社のビジュアルを中心にした月刊誌は、現場でライターが編集者の役割をこなすことも多い。その場合は、企画とすり合わせ、現場の状況によって、撮影カットの変更をカメラマンに伝えることもある。その仕事が長かった私は、取材に集中すればいい、記事と写真の独立性が確立されている新聞社系の仕事に、「へええーー!」とかなり驚いたのである。週刊誌のなかでも、ビジュアルを重視する「AERA」の特徴でもあると思うけれど。


 取材の現場をどう進めるかは、媒体の性格や会社の方針によるので、どれがいい悪いということはない。それぞれの媒体が培ってきた歴史があり、理由がある。業界外の人がTwitterやFacebookなどで、新聞・出版、編集部をすべて同じ「メディア」という言葉で一括りで語るのをたまに目にすると、「うーん、違うんだけどなぁ」と残念に思う。たいてい、メディアを一括りに語るときは、批判の意見が混じることが多いからだ。


 それも仕方がないとは思う。私も女性誌から業界誌、一般誌まで、さまざまな編集部と仕事をするなかで分かってきたことだし、メディアの仕事は、扱っているものが形のない「情報」だけに、媒体によって裏側がどうなっているのかは、想像しにくいと思う。


 で、映画「新聞記者」の話である。映画は、記者たちが抱いている仕事への姿勢は表現できていたのではないだろうか。


 私は週刊誌や新聞にライターとして関わっているので、社会部や政治部などの記者とは、仕事のスタンスが違う。新聞記者が実際にどう動いているかは、端から垣間見るだけだ。そんな外野の感想だが、実際の現場より省かれている部分は多々あるにしても、仕事への姿勢やモラルに対しては、「新聞記者」は、よく描けているのではないか感じた。本職の人たちが、どう感じたのかも知りたいけれど。


 もちろん、現実にはいろいろな記者がいる。出版と新聞では文化が違うので、すり合わないと、摩擦が起こる。私は出版文化で育っているので、新聞文化にこだわる編集者と仕事をして、「くそったれー!」と思ったことは何度もあった。向こうもそう思ってるだろうけど(笑)。でも一方で、真摯に報道に取り組む記者も大勢、見てきたし、尊敬する記者はたくさんいる。人の役に立つ情報を発信したいという思いは、新聞も出版も同じなのだ。


 情報発信に真面目に取り組み、読者に届けようと、自分の役割のなかで格闘している大勢の人たちが、どの新聞、どの出版社、流通も含めて存在していることが伝わればいいと、映画を観ながら思った。そして、紙媒体が培ってきた資産がこれからも失われることなく、受け継がれていくことも願わずにはいられなかった。


 紙媒体の現場では、制作に関する知識や技術の資産が、人が減ることで、すでにかなり失われている。紙媒体を支えてきた無名のライターやデザイナー、カメラマンなどの外部スタッフの異業種への転職や規模の縮小は、かなりの数だろう。


 社内で働いている人も、契約社員が増え、正社員といえど給料が下がり、人手は足りず、誰もが楽な状態ではない。私の周囲でも信頼できる経験豊富な編集者が早期退職するなどして、だいぶ減った。他の業種と同じく、業界の縮小や不安定な雇用で生活を脅かされているのは、メディア業界も同じなのだ。


 幅広く、確かな情報を発信するために必要な人件費・制作費の捻出は年々、苦しくなっている。背景には、紙媒体の流通など、古い体制も課題にあるのだが、その改革を待っていられるほど、制作現場の状況は甘くない。今、ぎりぎりで支えている情報の質を今後も保てるか、という点には疑問を感じている。


 紙媒体がなくなることはないと思うが、この状態が続けば、今後、目にする機会が増えるのは、Webメディアに情報のタイプが合ったものに限られるだろう。紙媒体も、読者対象を限定したコアなテーマの少部数の書籍が増える。すると、どうなるかといえば、情報の幅が狭まる。

 

「無料で見られるニュース配信メディアの情報で間に合うから、紙媒体は買わなくてもいい」と思っている人には気づいて欲しいと思う。その情報の出所がどこなのかを。作っているのは多くの場合、新聞と出版業界で働く紙媒体の人たちだ。


 ニュース配信メディアから、アクセス数による対価費用は支払われ、その額は増えているが、紙として買ってもらえる売上に比べれば、制作費をまかなえるほど、十分ではない。メディアの中立性を考えれば、Web広告に全面的に頼るのは難しい。また、書き手の立場から言えば、紙媒体とWebでは原稿料が大きく異なり、Web媒体だけで暮らしていけるフリーランスは、ほんの一握りだ。


 Web専門メディア、紙媒体の編集部が手がけるWebメディアも力をつけているが、Webと紙では向いている情報の質が異なる。


 Webでは、時事性と話題性に重きをおいた情報が取り上げられやすい。しかし、生活に役立つ情報には、政治や経済、芸能情報だけでなく、健康や衣食住に関わる地味なテーマも数多くある。一見、それらの情報もWebメディアにあふれているように思えるかもしれないが、質と情報の厚みを兼ね備えたものは、そう多くない。必要な人に届くまでの距離も、雑誌全盛の頃より遠くなっているように思える。雑誌であれば目的の記事の次に、知らなかった役立つ情報に触れることも多いが、ネットでは、自発的に的確なキーワードで検索しなければ、ヒットしないからだ。


 生活の実用情報は、体系的な解説が必要になり、グラフィックデザインを使った見せ方の工夫も必要だ。分かりやすく伝えるには、平面で構成していく紙媒体のほうが向いている。しかし、それらの情報を作り上げるには、どうしても時間と人手がかかる。配信された翌日には古くなる、スピードが勝負のWebメディアには、時間、制作工程ともに向いていない。それを、どうすくい上げていけばいいのか。


 紙媒体は、実際はとても地味な業界だ。多くの人が力を合わせ、コツコツと仕事を重ねることで紙媒体は作られていく。そして、情報を集積し、整理(編集)して、発信するという基本的なプロセスは、紙でもWebでも変わらない。そうした情報を扱う基本的な知識や技術が次の世代に伝わっているかといえば、疑問を感じる。


 ベテランの経験と若手のエネルギーがうまく噛み合うことで、質のいい情報が発信できるのだが、就職氷河期に採用を絞ったことや、Webメディアの制作しか知らない人たちが増えていることもあり、資産の継承には分断ができていると思う。余裕のない現場では、じっくりと教育する時間がない。大手の新聞社や出版社でも、ぎりぎりの状況ではないだろうか。


 また、今、Webメディアで活躍している編集者やライターの多くは、新聞や週刊誌出身の人たちだ。時事性と話題性の高い情報の発信には、彼らの経験は大いに役立っている。しかし、紙媒体の実用情報を扱ってきた編集者やライター、プロフェッショナルな技術を持ったカメラマンやデザイナーなどが、生活を守りながら、活躍できるWebメディアは少ない。


 スローニュースも支えてきた紙媒体が衰退することは、私たちの生活から何を奪っていくのか。映画を通じて、紙媒体が培ってきた幅広く、厚みのある情報を作り上げるために必要な知識と技術の資産が失われつつある現状と、その危うさも考えてもらう機会になればいいと思う。



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