「ボヘミアン・ラプソディ」の時代

最終更新: 2018年11月21日


映画「ボヘミアン・ラプソディ」を観てきた。予告編が公開された頃から、周囲のQueenファンは期待で盛り上がっていたけど、私はどこか距離を置きたい気持ちもあった。実在の人物を取り上げた伝記映画は、その人を知っていれば知っているほど、現実とのズレが気になって、純粋に映画として楽しめないことがあるからだ。


だから、サントラは聴いていたけれど、映画に対しては予告編を見る程度で、できるだけ予備知識を入れない状態で観に行った。感想を総括すれば、ぶっ飛ばされた、の一言だ。微妙に突っこみどころはあったけれど、やはりライブシーンは圧巻で、Live Aidのステージに向かって進む終盤は、もう泣きっぱなしだった。リアルタイムで見ていたフレディが、Queenがそこにいた。ブライアン・メイとジョン・ディーコンなんて、本人かと思うくらい激似だった。ロジャーのキュートさと力強いドラムプレイも懐かしかった。ここまで映画に圧倒されたのは、最近で言えば「マッドマックス 炎のデスロード」くらいだ。


Queenの歴史とライブの再現性については、私よりよほど音楽に詳しい人が解説していると思うので、それはさておき、私が映画を観ながら蘇ってきたのは、フレディが生きていた頃の時代の空気だった。そうなのだ、あの頃は、人と人がつながり、手を取りあえば、世界はもっとよくなると信じていたのだ。


Live Aidの会場を埋め尽くす観客をなめるようにカメラが上空から撮すシーンには鳥肌が立った。そして、Queenの演奏と共に熱を帯びていくステージと観客の一体感。その熱狂は、他のライブバンドとは違っていた。観客をクレイジーにさせるバンドは、いくらでもいる。でも、その熱狂は、バンドと観客の集団という1対1の関係にあるものだ。フィクションとはいえ、映画の中でQueenが作り出していた熱狂は、観客の一人ひとりが個人として際立っていた。Queenも4人がそれぞれ一つの個として明確な立ち位置を持ち、結びついているからこそ、あの独特の世界を作り出すことができた。Queenのライブには、会場にいた全員が個を守りながら、対等に結びつく関係があったのだと思う。


Queenが黄金期だった1970年代半ばから1980年代は、冷戦の時代だ。アフガニスタン侵攻やモスクワオリンピックに続き、ロサンゼルスオリンピックのボイコットと、世界は資本主義の西側と社会主義の東側に分断されていた。イラン・イラク戦争やフォークランド紛争もあった。日本は、オイルショックを機に低成長時代に入っていたけれど、新しい若者文化が次々と花開き、今、「クールジャパン(笑)」などと呼ばれているコンテンツの礎が築かれていた。社会に暗い影はあったけれど、庶民は極東の島国として隔離されたような平和に包まれていた。


今から思えば、あの時代は、それぞれの国が「国家」としてのメンツを賭けて距離を取りながら殴り合いをしていたし、社会も「家族」や「組織」のつながりが強かった。個よりも集団が優先され、孤立していたのは個ではなく、集団だった。だからこそ、Live Aidのように、国や音楽ジャンルの枠にはまらない、一人ひとりが自分の意志で参加する集団で他の集団を救おうとする新しい試みが、それを求めていた多くの人たちにストレートに受け入れられたのだと思う。それだけ、あの頃は社会なり、家族なりの集団に属さなければ生きていけないというプレシャーが強かったのだ。もちろん、観客はそんなことは意識していないし、単独でも十分にビッグネームのミュージシャンが一堂に集まるというイベントの魅力のほうが大きかったのだけど。


「ボヘミアン・ラプソディ」には、そうした社会や家族の枠が明確な集団に居場所がなく、弾き飛ばされてしまう人間の孤独がフレディの姿として描かれていた。


Live Aidから33年、フレディが亡くなってから27年経つ。映画を観ながら、フレディが生きていたら、彼は楽に呼吸ができるような居場所を見つけられただろうか、と思った。インターネットの登場や経済のグローバル化で、国家や社会の枠は弱体化し、境界線が分かりにくくなった。家族や組織のつながりよりも個人の意志が尊重されるようになり、一人の人間が力を発揮しやすくもなった。


個人として生きやすい世の中になったことは、悪くないと思う。でも、隣にいる人の手を取ってつながるには、何らかの明確な意志を持って動かなければ難しいほど、人と人との距離は遠く離れてしまった。人が集まり、集団を作っても、その中はバラバラだ。冷たい水の中に、いつまでも混じり合うことのない、数多くの小さな油の粒が浮かんでいるようなイメージが浮かんでしまう。


Queenに夢中になっていた頃は、人と人がお互いを認め合いながら、有機的につながることでいつのまにか集団になり、誰もが居場所を見つけられる世界ができると信じていた。フレディが歌を通して伝えたかったことも、そんな世界だったのだと思う。


「ボヘミアン・ラプソディ」を観ながら思い出したのは、あの頃、自分が抱いていた熱さだった。映画館の中にも、Queenを初めて聞いたときやLive Aidに熱狂したときに胸に湧き上がったような心地のよい高揚感が漂っていた。私が観た上映回は、エンドロールの間に席を立つ人は見当たらず、ほぼ全員が場内が明るくなるまでスクリーンを見続けていたと思う。


時代は戻せない。かつてのような国や社会からの、集団に従うことができる「普通の人」であるべき、というプレッシャーが強かった時代に戻りたいとは思わない。でも、今の「個人」の強さばかりが求められ、中身はどうあれ、発言力の強い個人が目立つ時代も、居心地がいいわけでもないことに、私たちは気づいてしまった。では、これからどうしたらいいのか。時代がまた変わりつつある流れの中で、「ボヘミアン・ラプソディ」が公開され、世界中でヒットしていることは、Queenの音楽が未来に迷う私たちの進むべき道を照らしてくれているという証なのかもしれない。


写真は、パンフレットが完売で、泣く泣く代わりにもらってきたPR誌。開いてみたら、表紙の写真だけが「ボヘミアン・ラプソディ」情報だったというオチ付き。



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